第10回大会ミニセッション1「屋久島低地照葉樹林の種多様性と保全の現状」

日時

2022年12月3日(大会第1日) 12:15-13:15

コーディネーター

手塚賢至(屋久島照葉樹林ネットワーク代表)

講演者

手塚賢至(屋久島照葉樹林ネットワーク代表)
山下大明(写真家・屋久島照葉樹林ネットワーク)
辻田有紀(佐賀大学准教授)

概要

 屋久島の河川流域に僅かに残存する林齢150年を超える原生的低地照葉樹林は種多様性の宝庫であり、屋久島の貴重な森林生態系を保全する上で保護林等の指定措置は喫緊の課題である。
 屋久島照葉樹林ネットワークは2016年設立し、島内の住民と研究者が連携して、屋久島低地照葉樹林保全のための植生調査や種の保存法指定種、絶滅危惧種など希少植物調査を実施してきた。その成果を元に、2020年「高い種多様性を擁する屋久島低地照葉樹林の保全に関する要望書」を「日本生態学会」「日本植物分類学会」「日本自然保護協会」と共に「環境省」「林野庁」「鹿児島県」「屋久島町」に提出した。
 今回のセッションでは以下の3部構成で現状と課題をお伝えする。
① 当地域の種多様性を象徴する新たに発見されたラン科をはじめとした菌従属栄養植物の紹介 山下大明 (当日不在のため映像のみ)
② 「セッコク属の共生菌研究から見えてきたラン科植物保全の課題」辻田有紀 
③ 要望書提出後の保護林指定等に関する最新の進捗状況 手塚賢至

講演要旨

「低地照葉樹林の今」
山下大明 (写真家・屋久島照葉樹林ネットワーク)
 屋久島の照葉樹林には、いまだに未知の植物が眠っています。とりわけ川の流域に切り残された原生的な低地の照葉樹林は、貴重種の宝庫です。この身近な森を、菌類の営みを通して見つめてみると、その菌類と植物たちの育む豊かな生態系には驚くほかありません。菌根共生、木材腐朽菌、菌従属栄養植物といったことを考え、森を見つめると、私たちが生きていくべき方向すら見えてきます。その森がいま、杉植林地の皆伐や林道工事、治山ダム建設などに伴い、危機に瀕しています。この低地の照葉樹林を損なうことなく未来へ手渡すために、「種の保存法」など世界自然遺産の島に相応しい保護計画を、早急に立案し実行に移してほしいと思います。

「セッコク属の共生菌研究から見えてきたラン科植物保全の課題」
辻田有紀1 ・蘭光健人1,2 ・張麗月1 ・手塚賢至3 ・木下晃彦4 ・徳原憲5 ・遊川知久61佐賀大農・ 昭和薬科大・ 照葉樹林ネットワーク・ 森林総研・ 沖縄美ら島財団・ 国立科博)

 ラン科植物は共生する菌類に依存性が高く、保全が難しい。種子は貯蔵栄養を持たず、発芽時の栄養供給は共生菌に完全に依存しており、成熟後も少なからず栄養を菌に依存し続ける。また、近年の研究から、種ごとに菌の選り好みが大きく違うこと、同一種でも発芽から成熟までの生育ステージによって菌との共生関係が変化する事例が明らかになってきた。屋久島を中心としたキバナノセッコク集団と沖縄島のオキナワセッコク集団の共生菌を調査した結果、前者は複数の共生菌パートナーを持つが、後者はほぼ1種類の菌類と特異的に共生することが明らかになった。植物と菌をシャーレ内で共生させる実験では、両種とも初期発芽から幼苗へ生育する過程で共生する菌の数が減少していくこと、オキナワセッコクでは、発芽誘導に関与する菌が成熟個体と異なる可能性が明らかになった。多くのラン科では未だ共生菌の種類すらわかっていないのが現状で、保全に向け、ラン科の種ごとに生活史を通じて菌共生を理解する必要がある。

講演者プロフィール

山下大明《やました ひろあき》 
写真家。日本写真家協会会員 1955年、鹿児島県生まれ。小学生の頃から、森に浸る。1992年より屋久島在住。著書に写真集「樹よ。」(小学館)、同復刻版「樹よ。」「月の森」 (野草社)、写文集「水が流れている」(文・山尾三省、 野草社)、「森の中の小さなテント」(野草社)、写真絵本「時間の森」(そうえん社)、「水は、」(福音館書店)などがある。



辻田有紀《つじた ゆき》
佐賀大学農学部生物資源科学科 生物科学コース 花卉園芸学研究室 准教授。九州大学農学部で学位を取得後、ランの共生菌の研究にのめり込み、現在はそれを専門とする。2人の娘を育てながら研究と教育活動に奮闘中。タカツルランをはじめ、様々な野生ランの研究を全国で行っており、屋久島は最も好きなフィールドの1つ。
ヘリコプターから撮影した一湊流域 2018年4月 ©手塚賢至
キバナノセッコク ©村松佳子