第9回屋久島学ソサエティ大会テーマセッション2「日本の世界自然遺産の現状と課題-知床、白神山地、小笠原諸島、屋久島、奄美・沖縄をむすぶ」

2021年12月5日(大会第2日)

開催趣旨

屋久島と白神山地が1993 年にユネスコ世界自然遺産に登録されて以来、知床、小笠原諸島が続き、ついに奄美・沖縄が第5番目の世界自然遺産となることが決まった。世界自然遺産は、ある地域の自然に世界的な価値を認め、人類共通の遺産として後世に残していく枠組みである。それにもかかわらず、世界遺産登録が観光客を呼ぶための起爆剤として期待されるため、オーバーツーリズムなどの弊害を生むことが懸念されている。日本各地の5つの世界自然遺産をむすび、その現状と課題を論じる。

コーディネータ:高嶋敦史
(たかしま あつし)
琉球大学農学部附属亜熱帯フィールド科学教育研究センター助教。九州大学大学院生物資源環境科学府博士後期課程修了。博士(農学)。ヤクスギ林を対象に、過去の伐採活動やその後の森の再生・遷移などを解明する研究に学生時代から取り組み、今年で20年目。現在は、今夏世界自然遺産に登録された沖縄島北部の演習林(与那フィールド)に勤務し、南西諸島の森林の保全と利用に向けた教育研究も進めている。

吉田正人「世界自然遺産と持続的な地域づくり~世界自然遺産と生物圏保存地域の協力関係」

2021年6月、奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島が世界遺産一覧表に記載された。これで日本の5つの生物地理区分を代表する、5つの世界自然遺産が登録されたことになり、今後は登録された世界自然遺産の保全が課題となる。国際自然保護連合(IUCN)は世界自然遺産・複合遺産に対する脅威として、気候変動、侵略的外来種、オーバーツーリズムを挙げている。我が国の世界自然遺産においても、気候変動による野生生物の分布拡大・縮小、侵略的外来種による希少野生動植物への影響、不適切な観光管理による特定地域への利用の集中は自然遺産に対する大きな脅威である。私はこれに加えて、世界遺産推薦、登録のプロセスを通じた自然と文化の分断も大きな問題ではないかと考えている。これに対して、ユネスコの生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)は、生物文化多様性に焦点をあて、移行地帯における持続的な地域づくりの可能性も有している。ユネスコでは、ネットワークforアースというプロジェクトで、世界自然遺産、エコパーク、ジオパークの関係強化する方向性を示しており、日本においてそのモデルが示せないものかと思う。

(よしだ まさひと)
筑波大学大学院人間総合科学科世界遺産専攻長・教授(博士(世界遺産学))。公益財団法人日本自然保護協会専務理事。1990年から世界遺産条約の批准と世界自然遺産の登録に携わり、小笠原諸島世界自然遺産科学委員会委員(母島部会長)、富士山世界文化遺産学術委員会委員を務める。2016年から5年間に亘り、屋久島世界自然遺産・国立公園における山岳部利用のあり方検討委員会に参加。2017年から遺産保護における自然と文化の連携に関するユネスコチェア、2021年からユネスコネットワークforアース科学委員となる。

中川 元「知床の課題=野生動物との共存を考える=」

知床は2005年に世界自然遺産に登録された。面積は国内自然遺産中最大で、沿岸海域を含むことが特徴である。流氷が育む豊かな海の生態系と、ヒグマや猛禽類を頂点とする陸の生態系が、川を遡上するサケ類で結ばれて複合生態系を形成する。シマフクロウやオオワシなど国際的な希少種を含む多様な生物相を持つ。この「生態系」と「生物多様性」の2つが基準を満たすことで世界遺産に登録された。一方、知床には年間170万人もの観光客が訪れる。海域は有数の沿岸漁場でもある。世界遺産の価値を守りながら利用との両立を実現することが不可欠である。最近は野生動物を身近に観察できる世界遺産として知られ、それを目的に訪れる人達が増大した。人慣れしたヒグマと観光客との軋轢の回避など、野生動物と人との共存策が重要課題となっている。得がたい自然体験を提供しながら、野生生物の保全策を進め、世界遺産としての価値を維持することは可能だろうか、考えて見たい。

(なかがわ はじめ)
公益財団法人知床自然大学院大学設立財団業務執行理事。北海道大学農学部卒業後、自然とそこに住む人々に憧れて道東へ移住。1978年より知床博物館学芸員。知床財団事務局長を経て1995年より知床博物館館長。2013年より現職。この間知床の動物調査や保全活動、普及啓発活動を行い、世界遺産登録の準備や登録後の保全策にも携わる。知床世界自然遺産地域科学委員会・適正利用エコツーリズムWG委員。

中静 透「白神山地の利用に関する課題と対策」

白神山地は、1993年屋久島と一緒に世界自然遺産に指定されたが、ブナ林の保護に関する問題から1980年代になってから注目された地域であり、それ以前にはほとんど保護地域などの指定を受けていなかった。核心地域の入山には、一般人の歩けるような歩道がないため、遺産地域自体の利用者数は少なく、遺産地域周辺の利用がほとんどである。また、行政的には秋田・青森の2県、5町村にまたがる地域であり、それぞれに世界遺産に対して期待するものがあり、情報や管理方針などにも違いがある。周辺を含めて、利用者は減少しつつあり、保護の観点からは管理しやすい面もあるが、地域による利用という視点からは問題も多い。一方では、ニホンジカの分布拡大、ナラ枯れ、気候変動などの影響が懸念され、科学委員会で議論は行われているが、管理や利用に関して地域全体としての戦略性が必要と言えるだろう。

(なかしずか とおる)
1983年理学博士(大阪市立大学)。森林総合研究所主任研究官、京都大学生態学研究センター教授、総合地球環境学研究所教授、東北大学生命科学研究科教授などをへて、2020年より森林研究・整備機構理事長。専門は森林生態学、生物多様性科学で、熱帯林および温帯林の動態と更新、林冠生物学、森林の持続的管理と生物多様性、気候変動の生態系影響などを研究。2010年に白神山地の科学委員会設置以来、委員長を務める。

可知直毅「小笠原の自然の価値を次の世代に~遺産登録10年目の現状と課題~」

海底火山の噴火によりつくられた小笠原諸島は、過去に大陸と陸続きになったことがない海洋島である。現在進行形の生物進化がみられることに世界的な価値があると認められ、2011年6月に日本で4番目の世界自然遺産に登録された。遺産登録された年度の定期船おがさわら丸とクルーズ船(観光船)を利用した観光客数の合計は、前年度に比べて約倍増した。しかし、小笠原の観光の主体は「海」であり、遺産価値をもつ陸域の自然環境への負の影響は、南島など一部を除いて限定的であった。一方、遺産登録前から保全上の最優先課題であった外来種問題については、行政や地元NPOなどが協働して様々な保全事業が実施されてきたにもかかわらず、益々その深刻さを増している。「小笠原の遺産価値をまもるためには、生物進化の舞台となる多様な生物どうしの関係と自然環境を保全することが重要である」という生態系思考の観点から、今後の取組みの方向性について考えたい。

(かち なおき)
東京都立大学特任教授。1978年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、国立公害研究所(現:国立環境研究所)に入所。1983年、理学博士(東京大学)。1995年、都立大に異動し小笠原をフィールドとした研究を開始。現在、小笠原諸島世界自然遺産地域科学委員会委員長、日本島嶼学会会長。

湯本貴和「日本の世界自然遺産第1号・屋久島の模索から」

屋久島は、1993年に白神山地とともに日本最初の世界自然遺産に登録された。日本では先例がなく、遺産登録のインパクトに対する準備が不十分でスタートしたことは否めない。当初、年間約20万人であった島への入り込み客が、マスコミへの頻繁な露出効果もあり、2007年には40万人を越すに至った。初期にはフェリーで来た観光客が宿もレンタカーも得られず、そのまま乗ってきたフェリーで引き返す事態もあった。観光の目玉・縄文杉への登山客はピーク時には1日1000人を超え、山中のトイレに大行列ができたことはいまでも語り草だ。かつて屋久島は「保護か伐採か」で島を二分したとされるが、このときは「保護か観光か」という報道が目立った。一方でヤクシカによる植生被害が顕在化したこともあり、2009年に屋久島世界自然遺産地域科学委員会が発足し、林野庁・環境省・鹿児島県・屋久島町(当初は上屋久町・屋久町)が定期的に議論のテーブルにつく仕組みができた。2013年には屋久島に関わる研究者と屋久島町民が問題点を語り合う屋久島学ソサエティが設立され、今日に至っている。まだ未解決な課題は多いし、今後も新たな問題が生じるであろうが、以前のような「対立の構図」ではなく、民官学の力を合わせて解決に取り組むプラットフォームは整ってきたと考えている。

(ゆもと たかかず)
京都大学霊長類研究所教授/所長。京都大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。大学院生のときに屋久島での研究以降、アフリカ、東南アジア、南米の熱帯林で動物ー植物相互関係の研究を行なっている。最近は保全とツーリズムなど異なる生態系サービス利用の社会的な利害調整に興味をもっている。現在、日本生態学会会長、屋久島学ソサエティ会長。

小高信彦「回復し始めた沖縄島北部やんばるの森の固有動物:この流れを確実にするために」

島で進化を遂げた固有種は、絶滅しやすいことが知られている。2021年世界自然遺産に登録された沖縄島北部やんばるの森には、日本で唯一の飛べない野生の鳥ヤンバルクイナや、ノグチゲラ、ホントウアカヒゲなどの固有鳥類、日本で最も絶滅の恐れの高い哺乳類の一種であるオキナワトゲネズミや、日本最大のげっ歯類であるケナガネズミが生息している。これら中琉球の固有動物は、いずれも、1910年にハブ対策等のために沖縄島に放獣された侵略的外来種フイリマングースの大きな影響を受けてきた。しかし、環境省や沖縄県によるマングース防除事業が功を奏し、近年これらの固有種全種に回復傾向がみられ始めた。一方、固有種の分布回復に伴い、新たな地域での交通事故やイエネコによる捕食被害の増加、写真撮影者のマナーの問題などへの対応を求められるようになっている。本講演では、ここで上げた全ての固有種個体群の存続にかかわるマングースの排除を確実にするとともに、固有種の分布回復に伴う新たな課題への対策について議論したい。

(こたか のぶひこ)
森林総合研究所九州支所/主任研究員。北海道大学大学院地球環境科学研究科博士後期課程修了。北大キャンパスでアカゲラの研究を行い学位取得。1999年からノグチゲラ保護増殖事業に関わる。2002年から環境省やんばる野生生物保護センターで自然保護専門員を務め、2005年から現職場に勤務。中琉球に固有の森林動物の保全と地域社会との調和のための研究に従事している。
コメンテータ:田中俊徳
(たなか としのり)
九州大学アジア・オセアニア研究教育機構 准教授。京都大学大学院地球環境学舎修了(博士/地球環境学)。専門は環境政策・ガバナンス論。大学院生の頃から、世界自然遺産・屋久島の保全管理政策や組織間関係を調査している。国内外の国立公園制度やエコツーリズム、生物多様性の保全等に関心を持っている。東京大学大学院准教授を経て2021年4月から現職。鹿児島県出身。

コメンテータ:堀上 勝
(ほりかみ まさる)
環境省自然環境局自然環境計画課長。平成元年4月、環境庁に入庁。平成7年から4年間沖縄地区国立公園野生生物事務所に勤務し、琉球諸島の希少種保護や国立公園指定検討に携わる。平成19年から2年間は鹿児島県自然保護課長として屋久島の遺産地域の入域管理検討や奄美群島の遺産登録に向けた取組を担当した。

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